歯科専門雑誌『アポロニア21』編集長による コラム

Vol.24 18世紀イギリスの話ー人の歯は商品だった

今回は、歯科にまつわる歴史的なこぼれ話で、少し不気味なお話です。18世紀のイギリスでは、むし歯で壊れた歯や歯が抜けてしまった場所に対して、入れ歯やブリッジなど人工物を装着するだけでなく、人の歯を使って移植する治療が行われていました。いずれも、象牙、金を用いた人工物による治療よりも高額だったとされています。

人の歯を使った移植治療には、大きく分けて2種類ありました。一つは、貧しい若者から抜いた歯を、その場で患者に移植する「トランスプランテーション」という技術で最も高価な治療。これは、生身の人からお金で歯を買い取るような行為には、当時から批判があり、また、性病がこれらの移植歯によって媒介されると考えられていたことから、特殊な治療と見なされることが多かったようです。

これよりも一般的であったものは、死体から抜いてきた歯をいくつか用意して、それらの中で歯の抜けた穴に合うものを移植するというもので、18世紀を代表する解剖学者で外科医のジョン・ハンターの表現によれば、「死んだ歯」を用いる移植技術でした。トランスプランテーションに比べて価格も安く、当時、「性病の媒介にならない」とされ、広く行われていました。現在の感覚からすれば、「死んだ歯」には歯根膜という組織がありませんから、免疫上のトラブルから免れたとしても、いずれ歯根が骨に吸収されてしまい長持ちはしなかったと思われますが、人工物による治療よりも高価でした。一本分で金や象牙の入れ歯の概ね4倍、移植する歯が多数となると、さらに高いお金が必要であったようです。

問題は、これらの歯がどのように供給されたかです。この時代のイギリスは、ナポレオン戦争で大陸ヨーロッパと激戦を戦っていた最中でしたから、実は、歯を抜くための死体には事欠かなかったのです。そのため、これらの歯の供給元は、大陸ヨーロッパの戦場でした。こうして、「死んだ歯」はヨーロッパからイギリスへの輸出品となり、それらの一部は、最大の戦場の名前から「ワーテルロー(イギリス的にはウォータールー)・ティース」と呼ばれる商品として流通するようになりました。これらの歯を購入したのは患者ではなく、「死んだ歯」を用意して、移植治療を行っていた黎明期の歯科医師であったと考えられています。

現在では、臓器移植などの関連で、身体を商品として扱うことについて、医療倫理的な議論がありますが、200年以上前に、すでに歯という身体の一部を完全な商品として流通させていた社会があったことになります。

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